コラム:東日本大震災その後の安房地域の取り組み

房州舫(もやい)2011主催の南房総市市長出前講座の記録 3/3

公開日:2011年06月26日(日)

by み






2/3では南房総市の地震と津波に対する基本的な考え方の説明を記載した。
続いて質疑応答に入ろう。
→より上段が市民からの声、→以降は石井市長の言葉である。
文末に(意見)とあるのは、特に市長から回答がなかった部分である。
***

1.ハザードマップ関連
津波の高さの定義を明確に説明してほしい。溯上高(そじょうこう)とは、実際に津波が到達した海抜のことで、津波の高さとは異なる。例えば10mの津波が15m以上遡上することもある。岩井に残る記録では12mというものがあり、これは溯上高のことを指しているのだろう。
日頃から海抜を知っておくことが備えにつながるので、電柱の海抜表示を意識して見るようになった。ところが表示は支所横の22mというのが最高のようだ。また表示は南千倉の方が多いようで、数が十分ではないのでは。
また元禄地震の最大津波高さについても、1〜2mの間しかない。朝夷地区漁村センターの電話ボックスの表示が2mである。元禄の最大津波高は5mではなかったか?不思議に思い千倉支所に問い合わせたがここではわからなく、安房支所で資料が見つかった。おそらくこの表示は津波高さではなく浸水深と考えられる。これらの表示は誤っており、津波の影響を住民が過小評価しかねない。早急に正しい表示にしてほしい。
→「こんで済むのか?」と思われてしまうので撤去したい。県と話し合いながら対策してゆく。

*最大津波高さ・浸水深・最大溯上高といった用語については、当日配布資料の一部を図1に示した。


現在のハザードマップは安房支所とWebで入手することができるが、新たなマップの作成に1年かかるというのは、市が独自に進めるものとしては長くないか?
→3月までには完成させたい。もちろん市としての役割は急いで進めるが、大事なことは皆さんが普段から確認し備えること。これは一番重要だ。
議会で聞いたのは、県知事を通し、国を通し、という手続きを待つと何年もかかるので、市で独自に進めることとしている。


沼津市を視察した者です。南房総地域が一番想定しなければならないのが本当に東海地震なのでしょうか。
国土地理院からも、南関東地震は相模トラフ海溝を震源とする、元禄・関東大震災と同じ型のもので、これが起きるという予測も出ている。ここで起ったら津波の到達は数分である。文科省からは(南関東地震の予測が)70%というデータがあり、いずれも国の調査機関による発表も検討すべきではないか。
→国からの指針を待つとおそらく1年くらいかかるだろうから、市は独自に進めている。
相模トラフであれば元禄型なので、10分の間に300m以内に避難するというのは重要になる。


高さの判断だが、沼津市では津波浸水域を作っている。等高線と到達時間のマップを作っているのでそういう内容を盛り込んでもらいたい。
→川に沿って津波が遡上するなど、地形のデータが重要になる。そのようなレベルのものはプロに委託して、1年でもできない可能性がある。まず優先するのは避難場所の確認である。


2.防災無線について
全国瞬時警報システムJ-ALERTとは、通信衛星を活用した緊急情報伝達システムで即時性が高い。これを導入してはどうか。
→J-ALERTは既に導入している。例えば北朝鮮がミサイルを撃ったら、国が自治体の同報系防災行政無線を起動させて情報を流す。しかし南房総市は7つのアナログ無線をつぎはぎしながら使っているので、流し直している。


震度4以上の地震が予測される場合、防災無線に自動的に流れるようになっているが、予測が外れたときなどはクレームの対象になってしまっている。(意見)


3.避難経路について
有事の際自分の家にいるとは限らないし、「朝夷小」では観光客は到底わからないだろう。とにかく矢印に従って進めば避難できるように、何らか表示をしてほしい。
→やります。


○○公民館まで200m走れ!という図があるところとないところがある。自分が必ず土地勘のあるところにいるとは限らないし、海抜表示があれば自分で考える材料になるから海抜の表示が必要ではないか。また表示があったりなかったりなので見直してほしい。
→見やすく、わかりやすくするためチェックする。


4.(避難経路としての)里山整備について
例えば指定された山の所有者が個人である場合、階段を設置する費用は市に負担してもらえるのか
→市が予算を組むのを前提とし、前向きに考える。


東北では避難の際、自動車で流された方も多かった。千倉の総合グランドくらいなら車もたくさん入れるが、道が狭いと詰まってしまうが、その辺はどう考えているか。
→車はなるべく使わないよう啓蒙する。車で逃げる方が逃げ遅れることもある。300〜400mくらいなら自分の足か、自転車が望ましいと考えている。


住民一人一人が責任を持って避難せよ、とのことだが、独居老人はとっさに判断できない。私だって腰が抜けるだろう。市と区長が連携して体で動いてみて、ようやく具体的な避難の行動がわかってくる。避難訓練の回数が少ない。
→災害弱者、支援が必要な人は事前に市に申し出ていただければ、消防団とともにその方の情報を共有することができる。が、これは絶対ではないので、日常的な訓練が望ましい。
災害弱者のリストについては、個人情報保護の関係から、市から聞こうとしても聞けない状況にあり、自分から申し出て頂くことが必要だ。民生委員等で要支援者の登録を呼びかけているが、現在およそ300人分しかない。本当はもっと居ると思うのだが。


5.避難ビル、6.重油タンクについては十分な説明があったため、8.防災訓練の徹底について
かつて被災した経験がある。集団で逃げるなんで無理だ、いざというときは自分だけでも逃げることが必要だ。(意見)

昭和50年代から30年間防災訓練を実施し続けてきました。応急救命など他にも3種類の訓練が含まれたが、地震だけが前提となった避難訓練は、参加者のなかには懐疑的な意見があった。地域によって地形が違ったりするので一律に定めることはできないが、指針を示してほしい。また前述の意見より訓練が無駄かもしれませんが、でも防災訓練は続けます。
→次に実施する避難訓練については、区長らと調整中。


7.避難所に関して
朝夷小に避難した車いすの方が3〜4名あったが、階段横にスロープがなかったので苦労した。幸い昼間で明るかったが、夜は不安だ。
車は100台以上訪れた。体の不自由な人の多く(25名くらい?)は車中にずっと居たようだ。
→バリアフリーに関しては前向きに考える。

神戸でで震災ボランティアをやったが、一番問題だったのはトイレの問題だったので、よろしく頼む。(意見)

サーフィンの仕事をしている。サーフィン大会中に津波が発生したという前提で訓練をやってみた。沖に出ると防災無線は聞こえなかった。沖に居る人のために、近隣のレストランが黄色い大きな旗を出すなどの工夫が必要。自己責任で逃げるのは前提にあるが、観光客のことも考えてほしい。自分はサーフィン団体の代表をしているので協議していきたい。
→計画を立てる段階から一緒にやりましょう。ライフセーバーさんには何らかの役割を担ってもらいたい。


地震があってすぐに海岸に行きました。引き波・寄せ波が3回あって、3回目は200mくらい引いた。これには危険を感じ、商店街から下の組長に連絡をとって、避難を促した。しかしテレビの流す気象庁の避難命令はこの地域は含まれなかった。区長とテレビが伝えることが異なる場合どちらに従えばいいか迷うのではないか。
卒業式を6日後に控えた朝夷小では、前の日に体育館にWAXがけをした。このため体育館へは入れず、教室に避難することとなった。教室に入ったメリットは、TVが見れることだった。とにかく情報を得たかったので、これは良かった。
ペットを連れた方もあった。小学校では歓迎せず、ペットはベランダということになったが、ペットを家族の一員と考える人にとっては実に忍びないことだったろう。(意見)


9.防災意識を高めるための活動に関しては説明があったので省略、病院関係者からの避難者の受け入れ体制について
(花の谷クリニック院長)要介護者は体育館型の施設では難しく、別途専用の避難所を考えなければならないだろう。プライベートもあって、バリアフリーな安心して避難できる場所を提案したい。
(中原病院)認知症の方、重度の障害を持つ方をどう受け入れるか考えなくてはいけない。1Fにはトイレ・電気・非常灯がつくこと、停電時に備えてガス配管を有することなどの具体的な案を示したい。最初は高台に逃げなくては行けないが、落ち着いたら移動できる避難所が必要。
認知症の方にとって何が問題だったかというと、我慢ができないこと、知らない人に囲まれて不安定になったことなどで、当院でも1名保護した。といっても個人病院なには受け入れ人数に限界があるため、人数のことは行政に考えてもらいたい。病院同士は融通し合ったりすることもあるので、ネットワーク作りも必要。
→一日も早く進めていく


南房総市で7つの協議会を連絡する「きずな」が立ち上がった。一人一人が意識を変えていかなければならない。提案をしていきたいので皆さんもぜひ協力してください。(意見)

***


以上が記録である。

一部、防災無線について補足すべき情報があった。これは講座終了後の市長との会話から知ったことで、当初コミュニティFMの開局と携帯ラジオの配布、という選択肢はどうかとの提案に対する答えである。回答は、開局しても、中継基地の敷設に膨大な費用がかかりすぎるために無理とのことだった。

文章に書き起こしてみると必ずしも答えになっていない部分もあったが、南房総市としては何を基準に、どのようなことを対策していくか、大体のスケジュールとともに確認することができた。石井市長の説明はよどみなく、まっすぐ市民らの目をみて話をきき、説明をした。このことは情報を得たい、耳を傾けてほしいという市民にとって充分な手応えを残しただろう。
各論のについては、更に協議することも必要となるだろうが、出前講座としては充分に納得のいく内容だったと感じられた。

最後に房州舫2011主宰の笠井さんより、感想を頂いたので、これを紹介して締めくくりたい。

「今回参加して下さった多くの市民は、何かの団体に属していたり、特に活動的であったりするわけではない、静かに暮らしている房州の人々です。
そんな人々が、ひとりひとり今回の大震災後、改めて命の大切さを考えよう、としてここに集まって下さったことに感謝します。
わたしたちの生とは、いつも死と隣り合わせであること、そんな貴重な一瞬一瞬を生きているのだと、多くの人が感じたことだと思います。

わたしは、この震災で命を落としたひとりひとりを自分自身にとても近く感じ、何を考えるでもなく、気づいた時にはこの房州舫2011が自然と出来上がっていました。
その第1歩がこの企画でした。
参加者を募る段階で、わたしは多くの素晴しい房州の人々に出会いました。それは舫(もやい)という言葉の意味を、真に身体を通し感じている房州の高齢の方達でした。
わたしはそのような方達と知り合えたでけも嬉しく、房州舫2011を起してよかったと思っていました。
今回の企画は、そのような方達の叱咤激励に支えられ、実現した次第です。

房州舫2011は、今後どんな展開をしてゆくのでしょう。わたしにもわかりません。
しかし、今回出会った人々との関わりを大事にしてゆこう、という基本は変わりません。その中から自然と生まれる活動が、舫の意味だと思っています。」


房州舫2011主催 南房総市市長出前講座
【日時】2011年6月25日 14:00〜16:00
【場所】南房総市千倉支所3F
【内容】南房総市の津波対策


写真説明
1枚目:津波の高さに関する用語(当日配布資料より)
2枚目:提案をする花の谷クリニック院長
3枚目:会場にて撮影

【関連記事】
ニュース みんなで考えよう房州津波対策
ニュース 報告「房州津波対策」1/2

東日本大震災その後の安房地域の取り組み のバックナンバー

 ・第1回 房州舫(もやい)2011主催の南房総市市長出前講座の記録 1/3 2011.06.26
 ・第2回 房州舫(もやい)2011主催の南房総市市長出前講座の記録 2/3 2011.06.26
 ・第3回 房州舫(もやい)2011主催の南房総市市長出前講座の記録 3/3 2011.06.26

み(副編集長)

房総ナウ、安房BIJIN、房州の仕事と人の副編集長です。 取材対象は安房地域。 東京都葛飾区に生まれ、父の転勤や自分の転勤により稲毛、柏、台北、亀有、十条、相模原...


- PR -